ポッケさんの体験談は中学までさかのぼって書いてくれています。これは不調の原因が中学から社会人になるまでの積み重なった、体と心の負担からきていると気づいたからです

不調のはじまり

「辛いのはお前だけじゃない、みんな同じなんだ!むしろ大人の方が大変なんだぞ!!」当時、中学1年生の後期、私が「肩のこりがひどく、辛くて仕方がない。」と学校の教員に相談したときの教員の反応である。

その時の私は心の中で、「そうですよね、みんな辛い中頑張っているんだよね!何を甘いことを言っていたんだ私は!我慢しなくちゃ!!」と、自分を鼓舞し、辛さに耐える道を選んだ…。

…その我慢が間違いだった。

間違いだったことに気づいた時、私は27歳になり、一日の半分以上床につき身体の自由も効かず、何もできない身体になっていた。

「もっと耐えて強い私に!」不調のはじまり中学時代

事は、15年前にさかのぼる。私は当時、中学1年生で吹奏楽部に入っていた。部内ではバリトンサックスという7~8kgの重い楽器を担当し、楽器を身体に固定するために首に専用のバンドをかけて楽器に接続し、首から楽器を吊るして演奏をしていた。

部活から家に帰ると、学校で習った事の復習や、塾の宿題をする日々。部活に勉強、私は嫌いではなかった。むしろ、充実した毎日を過ごしていたと思っていた。

しかし、少しずつ身体に異変が出てきた。「首や肩周りが痛い!」

母や学校の先生に相談しても「肩こりが辛いのは大人の方、子どものうちから何を言っているの?」こんな返事が返って来るだけだった。

そう言われるたびに、「私の痛みなんて軽いものなんだ。耐えて強くならなくちゃ!」と、自分に言い聞かせた。こうして、2年、3年と中学校生活を過ごしていった私の身には、更なる異変が現れた。

『手足の先が氷のように冷たい、冷たすぎて眠りにつきづらい!』

私の手足の先は、年を追うごとに冷えて氷のような冷たさになり、

どんなに外部から温めても氷のような冷たさが変わることはなかった。しかも、眠る際床についても、寝付くまで寒くて2~3時間かかり、朝もスッキリ起きることが難しくなってきていた。

ただ、勉強を毎日していたお陰で学年末テストではほとんど1位を取れていた私は、「痛みや、身体の冷たさ、眠たさに負けないで頑張った成果だわ!もっと耐えて強い私になろう!」そう思い始めていた。そして私は、晴れて第一志望の進学校に入学することができた。

吐血と自律神経失調症、限界の高校時代

「きっと、楽しく勉強できるような高校生活が待っているはず!!」入学当初の私の心は踊っていた。しかし、この時私は、今後の高校生活が悲惨なものになろうとは夢にも思っていなかった。初めは、順調にいっていた高校生活だったが、進学校ということもあり毎日小テストがあった。なので学校から帰れば、毎日英単語を100程覚えたり、古文単語を50程覚えたり…

学校の授業についていくために、他の教科の復習や予習も必要。正直、毎日が一杯いっぱい。遊ぶ暇などなかった。しかも首も肩も勉強をすればするほど痛い…夜も手足の冷え、小テストへのプレッシャー等で眠れない。私の地元から高校までは電車で1時間半かかったので、私は高校の近くの下宿で生活をしていた。

隣の部屋が同じ故郷の同級生のYだった。Yが、毎朝私の部屋まで迎えに来てくれていたのだが、よく眠れていなかった私は朝起きることができず、頭がまわらずうまく理由も説明できず、せっかく迎えに来てくれていたYに申し訳ないことをしてしまった。そんな私のことをYはよく思わなかったのだろう、私を邪険に扱ったり、勘違いで私を責めてくることもあった。

寝不足で毎日ぼーっとしていた私は、Y以外の生徒ともうまく接することができなくなっていた。頭がぼーっとしてうまくしゃべれない、言葉が出てこない。様々な面で誤解されるようになり、どんどん周りから人がいなくなった。私は独りぼっちになった。2年、3年になっても日々のテストのプレッシャー、ついには身体全体が冷え一睡もできない日々が続き、具合が悪く朝トイレで吐血することもあった。

寝不足で頭がぼーっとして誰とも話せない日々が最長で一週間続くこともあり孤独だった。心と身体がもう限界だった。生理も2,3ヶ月に1回しか来ない状況になった。学校の先生に相談しても、「僕も忙しいから、君の悩みをずっと聞いてはいられないんだよ。」親に相談しても、「優花は心が弱いからねぇ、仕方がないよねぇ。」そんな言葉が返ってくる。死のうと思った。

生きていてもみんなの邪魔、何の意味もない弱い人間になってしまった気分だった。好きだった勉強もどんなに頑張っても、首や肩が痛く、眠れずぼーっとして何にも頭に入らない。成績もどんどん下がった。将来の夢もあった。だが、このままの私ではもうダメだ。しかも、親にはその夢を叶えるために行きたい学部があったが反対されていた。心の拠り所がなくなった私は、おかしくなった。手先にブツブツと水疱ができて痒くなった。。

病院に行くと『自律神経失調症』が原因だった。事の重大さにようやく、両親が気づいてくれた。そして、せめて勉強しやすいようにと肩の治療を整骨院で受けさせてもらえるようになった。しかし、一週間に一度の治療も、効果は2日も持たなかった。こうして、苦しかった高校生活は終わり、担任に「お前の成績で行ける国公立大学なんてないよ。」と言われていたが、意地でなんとか第一志望ではないが国公立大学に入学することができた。

不調とイジメと絶望の社会人時代

大学生活は上手くいったどころか、高校時代の鬱憤がたまりすぎてかなり遊んでしまったところがある。しかし、私はそこで初めて本音でぶつかり合い、心の底から笑い合える仲間と出会えた。私の心は少し明るく変化してきた。

一方、私の身体は変わらなかった。高校時代と同じまま生理不順で、首肩のこりが残り、手足の末端が冷たく眠れなかった。そして、大学卒業後、私は運良く一番働きたかった会社に入社することができた。しかし、不眠症が治っていなかったわたしは朝に弱く、会社に遅刻してしまうこともしばしばあった。

仕事中ぼーっとしてしまい、仕事の覚えも悪く、簡単なことでもミスをしてしまうことがあり、上司達やお客様を困らせてしまうこともあった。特に生理前や生理中は、頭痛やフラフラして苦しい身体に更に鞭を打って仕事をした。「みんな大変なのは同じだ。私だけじゃないんだ!」そう、自分に言い聞かせながら…そんな私に目をつけてイジメてくる上司がいた。

その上司とは、よく仕事を共にしなければならないこともあり、私はほぼ毎日理不尽なイジメをうけることになった。頭がぼーっとしてすぐに言い返すことも、抵抗することもできずただ泣くことしかできない。助けてくれた同期や他の上司もいたが、私が一人になったところを狙ってイジメは行われた。仕事についていけない情けない自分を責め、上司のイジメにも耐えきれなくなり、私は仕事ができないなりにも大好きだった職場を辞めた。

「どこへ行っても、どんなに頑張っても、どんなに我慢しても自分はもう報われることはないのだ。」大好きだった職を失った私は、絶望した。絶望の中職を転々としたが、歳をとるにつれ生理痛もひどくなり前頭部を強打されたような頭痛や、下腹部の痛みにさいなまれ上手く行かず鬱々とした日々を過ごした。

「生理痛を治してみないか?」主人が見つけた鍼灸院

そんなある時、主人と出会った。主人は、情けなくて弱い私の全てを受け入れてくれる人だった。

生理痛や、冷えでの不眠症でフラフラになり身の回りのことが何もできず、寝たきりになってしまった私の世話までしてくれたことに本当に感謝をしている。主人の夢と私の夢が一致していたため、私たちは夢の実現のため、札幌に移住した。そして、ついに私は「クリア鍼灸院」との出会いを果たした。

きっかけは主人の「生理痛を治してみないか?」と、いう一言だった。

「もう、寝たきりは嫌だ!治るなら治してみたい!」藁をもつかむ思いだった。内田先生は明るく優しい女性で、「いままで、辛かったですね。必ず治しましょう!」そう、温かい言葉をかけてくれたので、「必ず治そう!」私も希望をもつことができた。こうして、私の生理痛の治療が始まった。

「朝まで寝れた!」

初診時、内田さんに「生理痛が治ってきたら叶えたいことを教えて下さい。」と、言われ、

・月末にあるイベントで、子どもたちに楽しんでもらう

・仕事のお客さん集め

・良いコンディションでエジプト旅行に行く

と、いう3つの内容をお話しました。

「叶えたいことがあると楽しい気分で治療できます!」とのことでした。そして、私の初診時の生理のコンディションはこんな症状でした。

・集中して人の話を聞けない。
・人と接することができない。
・気を張る。

それ以外には、肩こり・ふくらはぎの張り・便秘・手足の冷え・寝付きが良くない・朝のだるさ・ストレス…などがありました。健康から程遠い位置にいました。鍼治療は体験したことがあり、怖くはなかったのですが、お灸は初めてでした。なんだか熱くて痛そうなイメージでした。

しかし、内田先生が的確な場所にお灸をしてくれると、「あれ、熱くも痛くもない!むしろ気持ちいい場所もある!!」と、驚きました。

治療後には自宅でも毎日出来るお灸の使い方や、私の症状に合ったお灸をつける位置も分かりやすく教えてくれました。「自宅でもケア出来るなんてお灸って便利!!」そう思いました。

更に驚いたのは、1回目の治療後です。15年間あれだけ寝付きが悪かった私がすぐに寝付け、朝までぐっすり眠れたことです!すぐに効果が現れ、「これは期待できそう!!」と確信しました。

最初の1ヶ月の私の変化。生理痛の原因は冷えにあった!

・朝まで途中で起きずに眠れるようになった

・足先が少し温かくなって靴下を履かなくても眠れるようになった

と、いった成果が出ました。内田先生のお話だと、不眠や身体の冷えは生理痛に影響するとのことで、さっそく治療の効果が出てきたようでした。そして、不眠が少し解消できたこともあり、月末に予定されていたイベントも、子どもたちに大いに楽しんでもらうことができました!

治療2ヶ月目。足が温かい。」

内田先生によると、身体を冷やしてしまう食べ物や飲み物があるそうでした。

私はその身体を冷やしてしまう食べ物や飲み物を多く摂取していたことがわかりました。中には、あまりにも意外な食品も身体の冷えを促進する働きがあり驚きました。なので、身体を温める食品を取ることを意識しはじめました。

すると治療2ヶ月目で、

・より足の冷えがなくなり、まるで別人の足のように思える温かさになったと、いった成果が出ました。

しかしこの頃、特に生理前や生理中に、精神的なそわそわ感と、腰の痛みが出てきていました。これは内田さんの言っていた好転反応の一種なのかなと感じています。

治療3ヶ月目。「朝、動けてる。」

治療3ヶ月目のある日、ふと、気が付きました。「起きてから1時間の間、ぼーっとしているわりに動けているぞ!」

今までの私は、寝起きがとても悪く、起きてから4~5時間経たないと頭がぼーっとして クラクラしてトイレに行くことすらできませんでした。まさに寝たきりでした。そんな私が、頭がぼーっとしていることには変わりがないのですが、

トイレに行く・着替える・歯を磨く…などのほとんどの人であれば簡単なことが出来るようになっている!!

しかも、生理痛も少しずつ良くなり、下腹部の痛みはだいぶおさまり、経血の量も多すぎたものがだいぶ減ってきました。この時、お灸は毎日手放せないアイテムになっていました。

治療4ヶ月目。「肩こり!15年間の呪縛とサヨナラ!」

内田先生は、『コリ』があるのは血流が滞っている証拠、血流が滞ると身体も冷えやすくなり、生理痛を引き起こしやすくなります。なので、首、肩のこりも治していきましょうね!」と言っていました。

私は首を回すだけで首が痛み、2、3分机に向かって作業するだけで首、肩に激痛が走っていました。私はずっと、「健康な人も私と同じぐらい痛い思いをしているのに、みんな我慢して頑張っているんだ!」と、思っていました。

内田先生の話では、「健康な人はそう簡単に痛くなりませんよ。本当に大変でしたね。」とのことで、今までつきまとっていた「辛いのはお前だけじゃない、みんな同じなんだ!」と、いう言葉から解放された気持ちになり涙が出そうになりました。

そして治療4ヶ月目で、

・ベッドにはいったら30分以内に眠れる日々が増えた

・朝起きて1時間後動けることが日常化

・肩こりもだいぶ改善

と、いった効果が出ました。

少し心配だったのは、寝起きのフラフラ感や、10分歩くと身体がフワフワして力が入らなくなる症状でした。それでも、「良いコンディションでエジプト旅行をする」ということを叶えることができました。内田先生も、私が快適に旅行出来るようにとても応援してくださって本当に感謝の気持ちでいっぱいでした。

お陰で、肩の痛みもなく、楽しい旅行になりました!

治療5ヶ月目。「午前中にやりたいことが出来る。」

治療5ヶ月目で、

・治療2ヶ月目で悩んでいた精神的なそわそわ感が改善

・肩こりも非常に良くなり、首を回しても痛みを感じることが少なくなった

・生理痛に関しては貧血になることも、眠気もおさまった

と、いった成果が出ました。日頃の生活も、安定してきました。日中眠くなることがなくなったので、頭が働くようになり少しずつ午前中にもやりたいことができる身体になっていました。

現在のわたし。

朝8時、目覚めると主人は布団の中で眠っている。私は朝食の野菜と果物のスムージーを作りにキッチンに立つ。仕事を終えると、夜は晩御飯を作って主人の帰りを待つ。…こんな当たり前のような夫婦の生活が、今ようやくできている私がいる。

ついにベッドに入ってから2~3分で寝付けるようになった私。

朝8時にはスッキリと起きれる日が日常的になった私。

午前中から、気持ちよく勉強や仕事に取り組めるようになった私。

そんな私になれたのもクリア鍼灸院と内田先生に出会えたおかげ!そして、治療中の私の生活を支えてくれた夫のおかげです。今まで、苦しんできたことがウソのように消え去り、毎日が楽しくなりました。「生きていて良かったな、幸せだな、自分の身体は酷使してはいけないな、大切にしたいな」と、思える私になれました。

― クリア鍼灸院と内田先生に感謝の気持ちを込めて ―